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2005/04/20

イタリアの『テルツィーナ』叢書に寄せて

         志の高い書物


                    天童 大人


 昨年(1997年)から、イタリア・ミラノにある詩書と芸術関係の専門出版社・セヴェルニーニより、注目すべき叢書が刊行されている。
 叢署名は『TERZINA(テルツィーナ)』。素材には、イタリア・シシリー島の東岸シラクーサでエジプトに伝わるパピルスの技術を用いて制作された、30センチ×71センチサイズの手漉き紙を用い、三折りにして手造り製本。年二回、イタリアの著名な三人ずつの画家のサイン入りオリジナル版画作品によって限定120部制作される。
 30部は画家の分、30部は出版社の分、30部は世界の主な国公立の図書館に寄贈し、保存して貰う。残りの30部はこの企画に参加した画家同士の交換分で、他の全ての画家の作品を、各一部ずつ持つ事により、画家自身による作品の保管が行われ、かつ画家には金銭的な負担が一切ない。
 わが国の美術界や出版界少しでも触れた者なら、誰もが不意を衝かれた企画だと思うだろう。
 この国も、出雲、越前、土佐など手漉き紙の伝統があり、活版印刷技術もあり、詩人も画家も大勢いて、出版社も編集者も沢山いながら、世界に伝統的な技術の保存を呼びかけ、未知の画家同士をつなげて行く夢のある仕事が、いままで生まれなかったのは何故なのか? 
 ミラノの小出版社の二人の若者の志の高さと企画力と実行力と、そして想像力に遠く及ばないとは、日本の”文化国家”が聞いて呆れる。
 『テルツィーナ(傍観者・三ッ折り)』の命名者で、かってノーベル文学賞の候補者にもあげられ、画も描く詩人のロベルト・サネージがこの叢書の第一巻となった。第二巻はセルジオ・ダンジェロ、第三巻はフリオ・ル・パルク(1966年のヴェネチア・ヴェンナーレ大賞受賞者)、第四巻はKEIZOこと森下慶三、第五巻はマリオ・ロオゼェロ、第六巻はアントニオ・テルツイ。 この六冊は既に、東京の国立国会図書館に寄贈されているので、関心のある方には、是非、直接手にとって見て頂きたい。
 今年度上半期分は、第七巻にバレエリオ・アダミ、第八巻に天童 大人、第九巻にエンリコ・バイがそれぞれ刊行された。
 シリーズ中、黒白の「字」の作品は私の「黄道日」のみ。これも、友人でミラノ在住三十年余り、彫刻家マリーノ・マリーニ教室で学んだKEIZOから昨年9月、ミラノで「何か描いてみないか?」という一言と渡された二枚の手漉き紙から、この叢書の存在を知ったのだった。また、高名な画家バレリオ・アダミとエンリコ・バイとに挟まれて、刊行される事が分かったのは、今年四月下旬、番号入れと雅号印を捺しにミラノに行き、初めてセヴェルニーニの経営者、ロベルトとマッシモとの二人に会った時だった。
 決して経営状態が良いとはいえない状況下で『TERZINA』を世界に送り出している事を知った時、真のイタリア文化の懐の奥深さと受容力と、未知の文化と人とに対する心配りを肌身に感じた。と同時に、建前と本音とを使い分け、幻想と現実とを見誤り続けてきたわが国の姿を、私は垣間見た。


      (てんどう・たいじん=詩人・朗唱家・字家)

       東京新聞 1997年8月21日号 掲載より。


追記 文中の画家KEIZOこと森下 慶三氏は 2003年4月5日 
     ミラノで不慮の事故の為、死去。59歳。
     エンリコ・バイ氏は2003年6月15日 死去。75歳。
     ロベルト・サネージ氏は2001年1月 肺ガンの為、死去。71歳。
     

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