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2005/07/25

字家 天童大人個展「ーOVERLAYシリーズー」のご案内

 これは来る9月5日から24日迄、東京・六本木に在るストライプハウスギャラリーで開催される、私の、日本で唯一の字家としての個展のご案内です。

          字家 天童 大人

 「 Letter Scape -OVERLAYシリーズ-」展に寄せて

                 2005年9月5日~24日 
                 AM:11時~PM:18時30分
                      日曜・祭日、休廊
                 ストライプハウスギャラリー
                東京都港区六本木5-10-33
                     ℡03-3405-8108


 何か面白い事をやろうと1982年、画家・村井正誠さんから突然、声がかかり、早速、「字」のグループ展をお茶の水・文化学院画廊から始めた。数回、続いたのち、、1987年、銀座の画廊から企画展でとの話が舞い込み、「聲を織るもののふたち展」を、砂澤ビッキ(彫刻家)、天童大人(朗唱家)、中川幸夫(いけばな作家)、村井正誠(画家)、渡辺豊重(画家・1回のみ)で立ち上げた。その後、大沢昌助(画家)、酒井忠康(美術評論家)、実川暢宏(美術館館長)、関敏(彫刻家)、那珂太郎(詩人)、荒木経惟(写真家)、麿赤児(舞踏家)、石原悦郎(フォト・ギヤラリスト)、馬場駿吉(俳人)、坂倉新平(画家)、山口昌男(人類学者)等が加わり、画廊・タイトルを4回替えて2004年まで17年間継続し開催した。
 私は字を1981年から発表し始め、24年経つが、1984年春、奈良の向日居で、慈雲が大好きな英文学者・壽岳文章先生に、「字」を認められた事が大きな契機となった。
 その時、壽岳先生の所望で、朗唱家として声ヲ発シタところ、空海の重要な著述『声字実相義』から「音声と文字は、それぞれに真理の具現者である大日如来の表徳(表現)にほかならないと説く。」との教示を得た。
 空海に倣い、声と字とを併せ持って表現する者を「字家」とし、新しい世界を作る事も可能ではないかと考えた。
 その頃、ストライプハウス美術館から企画展(1988年)の話があり、壽岳先生の推薦文を頂き、「字家」として初めて個展を行った。以後、2004年までの16年間に19回の個展を、国内、及びキューバ、レユニオンなど海外でも行った。
 1997年にはイタリア・ミラノのセルヴェニーニ出版社から刊行された『TERZINA』叢書(オリジナル版画本)の第8巻に字作品「黄道日」が収録され、イタリアの高名な画家・ヴァレリオ・アダミとエンリコ・バイに挟まれて世界に紹介された。
 1999年、2回目のストライプハウス美術館の個展では、従来、日本の書道界では、タブーとされていた「重ね字」に敢えて挑戦、代表作品「SETSU・GETSU・KA Ⅰ」はポスターとなって世界を駆け巡り、内外で高い評価を得た。その後も「重ね字」は研鑽を重ね、今展では新たに「ーOVERLAYシリーズー」と名付け、新作十数点を展示する。

                         字家 天童 大人

会期中に会場で行われるイヴェント。

 天童大人朗唱会 「聲ノ力ヲ」

   2005年9月10日(土曜日)
    開場: PM 18時30分
    開演: PM 18時45分

   入場料 前売予約 3000円
         当日売  3500円
  予約受付:ストライプハウスギャラリー
      ℡03-3405-8108

初日の9月5日 午後五時から簡単なオープニングパーティーを行います。もしお時間が在りましたら、お出かけ下さい。
 オープニングパーティーのご案内は、このブログを読まれた方のみです。当日は会場に居りますので、ご遠慮なく、ブログを見たとお声をかけて下さい。お逢いできるのを、楽しみにしております。

 肉聲での朗唱会を都内で開催するのは久しぶりな事です。是非、ご自分の耳で、「聲ノ力ヲ」お試しください。

 


      
 追記:登録商標について
     「UNIVERSALVOICE」(1998年)、「字家」(1998年)、「Letter Scape」(2000年)、「直識」(2002年)の各商標は天童大人による登録商標である。(印刷物)。従って登録商標権者たる天童大人以外の者が上記何れかの登録商標と同一または類似する商標を使用する事は、ニセ者であり、上記商標権を侵害する違法行為となるのでご注意ありたい。

 このブログでは、商標登録の○の中にRのマークが打ち出せ無いので、ご了承下さい。

                        天童 大人

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2005/07/17

探していた随筆家 岡部伊都子さんの文章。

やっと見つかりました。かって「藝術新潮」(新潮社刊)に連載していた随筆家・岡部伊都子さんの文章「暮らしの絵暦⑥ー麦畑と人ー」(1977年6月号)が見つかりましたので、お知らせします。
 これは2005年6月23日にこのブログに掲載した29年前のヴァン・ゴッホ展の事を書いた、「見ながら考える事の出来ない空間 美術展はこれでいいのか」に付いて、公にされ、私が目にした反応です。

「・・・・(前略)・・・この間久しぶりに、「朝日ジャナール4/15号の<見ながら考える事の出来ない空間、美術展はこれでいいのか>はホンマの意見デンナ!!」と書いたハガキが舞い込んだ。「個人の利害にはいたく無意識者になりおおせるのは、真の意味での<個>の空間が、人々の心のなかのどこにもないことを、証だてているにほかならないのではないか」と書かれた天童匡人氏の、美術展の在りかたと鑑賞者に対する疑問とに共感する。この一文にも触れられていたが、昨年のヴァン・ゴッホ展には、わたしも貧弱な内容に意外感と不満とを覚えたひとりだ。」

このハガキを岡部さんに書き送ったのは、画家の富山妙子さん。
この文章を見たとき、素直に感じていた事を書いて本当に良かったと、思った。このときのゴッホ展を主催したT新聞社からは、朝日ジャーナル編集部にこの記事に対してクレームが来たと担当の記者から聞いたことを、思い出した。今、読み返しても余り古くないことに驚き、何も変わらない島国・日本を痛感する。

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2005/07/04

マルキ・ド・サド侯爵末孫の来日

         サド侯爵末孫の来日

                            天童 大人


 去る六月下旬(1991年)、初めて来日したひとりの若いフランス人を囲んで、銀座で小さな集まりがあった。
 「サディズム(加虐的淫乱=いんらん=症)」の生みの親、サド侯爵直系子孫の六代目、ティボー・ド・サドである。友人であるN洋酒大手メーカーのK氏から、日本でサド侯爵に関心のある人々を招いて、懇談する機会を持ちたい旨、協力を依頼され、手伝った関係から場違いとは思ったが、写真を存分に撮れるということなので出席した。
 当日は早めに会場の銀座・マキシムに到着した私は、早速K氏から今年三十四歳になるティボー・ド・サド氏と、シャンパン「マルキ・ド・サド」を商品化したM・クララン氏を紹介された。私が詩人で朗唱家・字家と告げると、日本の書に強い関心を持っていることが分かった。次から次へと招待客が訪れ始めたので、話を終え、撮影の準備を始めた。
 この集まりには日本でのサド文学紹介の第一人者であった故澁澤龍彦氏の夫人龍子さんをはじめとし、詩人の高橋睦郎、心理学者の岸田秀、インド哲学者の松山俊太郎、画家の金子國義、評論家の四方田犬彦、占星術研究家の山内雅夫氏ら、多士多才な顔ぶれが揃った。
 ティボー・ド・サド氏のスピーチもユーモアを含み持って始まった。先ず彼が日本に来て驚いたのは、日本もフランスも「家」を重要視していて長い家系が続いている事だ、と語る。
 「サド家はヨーロッパで最も古い家の一つです。千年ほど前にさかのぼると、その頃、フランスでは‘姓‘と言うものはほとんど存在せず、氏名だけが通用していました。サドの家は沢山の貴族の家と血縁関係にあります。それらを総合するとパリからエルサレム、ベルリンからサンクト・ペテルベルグまでを支配していたことになります。サド家が家の名前を初めて名乗った時、それはSADEではなく、SADOでありました。これは古いフランス語では『甘美』、『美しい』、『上品』と言う意味です」。
 サド家の出身者のなかには、外交官、大司教、女海賊、王室文化人、下院議員、元帥などがいた。
 「十八世紀、フランス革命の時にひとりの子供が生まれた。最もミステリアスで、教養に満ち溢れ、最も繊細な神経を持ち、最も過激で、最も有名な、そして最も悪名高きドナシャン・アルフォンス・フランソワ・マルキ・ド・サドです。彼は書物のなかで、人生で最も重要なものはシャンパンであると言っております。シャンパンは贅沢の極致、洗練、強さ、軽さ、喜びの噴火、感覚と思想を常に刺激し続けるものなのです。そしてまた彼は教育についていろいろ考えた人ですが、特に”教えるということ”、”哲学というもの”を良く研究した人でした。『若い娘に教育をほどこすには、シャンペンに勝る物は無い』と彼は言っています。」と今回の彼の目的をさりげなく言った。
 二十年前、自分の城の中でサド侯爵の蔵書を発見、関心を持ち、大学の卒業論文のテーマも「政治システムのマルキ・ド・サドに対する解釈」とした六代目の独特の顔を見ていると、一九六一年に澁澤龍彦訳の『悪徳の栄え』が、「ワイセツ文書販売、同所持罪」で起訴され、「サド裁判」があったことが思い出されてくる。最近のヘア論争も含め、この三十年間で、この国の「ワイセツ」感は、どのように変化したのか、「個」を持ち得ない国民だけに、今、一度振り返って考える必要があるのではないだろうか。
 会が終わっても集まった人々はすぐには帰らなかった。K氏らとお茶を飲んでいると六代目がやってきて、自分の名前を日本の漢字で書いて貰いたいと言ってきた。
 さてどんな文字で書きあげようか。「ティボー・ド・サド」と。

                          (詩人・朗唱家。字家)


                       ▽てんどう・たいじん氏は
                      一九四三年(昭和十八年)小
                      樽市生まれ。文化学院卒。
                      詩集に『玄象の世界』、共
                      訳書に『ロルカ・ダリ』、ビ
                      デオ字。聲集に「即興朗唱
                       大神・キッキマニトウの世
                      界」など。


 追伸:山形新聞(1991年7月18日号)に写真一葉と共に掲載。
この文章は時事通信社配信の為、他に数紙に掲載された記憶があるが、確かな事は不明。
 
 写真週刊誌「FOCUS」平成3年7月12号に、ーシャンペンを売り込みに来た「サド侯爵」の末裔ー直系6代目の”四つの顔”- に、PHOTO 天童大人と記載され、掲載された。

 1992年、写真家として写真週刊誌「FOCUS」の準レギュラーで、95年まで撮影に従事した。

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