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2005/03/25

奉納朗唱 in 赤坂山王日枝神社

       奉納 in 赤坂山王日枝神社

                       天童 大人
                     (詩人・朗唱家・字家)

 なぜか東京で朗唱を行う事が余りににも少ない事に、自分の聲行歴を見て気がつく。3年前の(1988年)の10月、東京・六本木に在るストライプハウス美術館に於いて、初めて字の個展「三童人・字聲展」を行った。
其の会期中に、天童大人即興朗唱公演「聲と字によるー大神・キッキ・マニトウの世界」を行ってから東京では1度も無い。
 1983年から続いている厳寒期の北海道を巡る「北ノ朗唱」も、昨年は吉原幸子氏にお願いして、吉増剛造も高橋睦郎も私も参加していない。だから昨年は6月上演に、奈良・三輪山山頂での朗唱は3年前、英文学者・壽岳文章先生との約定を果たすためであり、下演の対馬・和多都美神社での7年振りの奉納朗唱は、古代の聲の道を確かめる試みであった。そして12月5日の福岡、c・m・hでの第三回「南ノ朗唱」と、ほとんど聲を出していなかった事に我ながら驚く。
 友人のK氏から、東京のド真ん中で聲を出したら、と勧められ、どうせやるなら、赤坂の日枝神社でと勝手に考えた。知人のM氏にお願いし、日枝神社のM禰宜を紹介していただいた。資料を持参してM禰宜にお会いしたのは、三月上旬、「聲」を奉納したい旨、お話をした。
 しかし、前例のない事だけに神社側は慎重だった。日を私が四月十五日と定めたのは、新月だからだ。物事の始まりである新月の日に、「聲」を奉納出来れば申し分ない。能舞台で聲を発する事も魅力はあるが、あの和多都美神社の自然の場の力を発見した者から見れば、残念ながら雲泥の差があるのだ。それは野外で肉聲を発した事がある者にしか分からない特別なことだ。人は自由自在に聲を出す事が出来ない。残念な事だ。
 一度、奉納をしたら、毎年行なわなくてはいけないとM禰宜に言われた。今年も対馬に行ける。もし四月に赤坂で出来れば、毎年、四月は東京・赤坂、六月は対馬、益々聲を出すことが楽しく為って来るではないか。
 さて段々と四月十五日が迫ってきている。四月十九日には、昨年の夏、巴里で決まった朗唱会が、福岡の桶井川で行なわれる。二月に福岡で注文した「天童朗唱」の提灯二個も届いている。準備は整ってきているが、やることが出来るのかどうか、未だ決まらない。K氏も延期したらどうか、と言うが、恐らく決まるのは、二、三日前だろうと思っていた。何故なら第一回目から大袈裟にしたくない気持ちもある。しかし、滅多に聲を出さないのだから、出来るだけ、私の聲を聞きたいと思っている人に聞いてもらいたい。四月十二日、思い切ってM禰宜に電話すると、十五日に行う事で準備を進めても良いと言われる。慌てて、友人たちに電話をする。友人のひとり、NHKのプロジューサーに電話すると、もう二週間早く分かっていれば、カメラを回したのにと言う。彼は四年前の「北ノ朗唱」を函館まで取材に来て、「土曜インタビュー」に取り上げてくれた人だ。またこの一月二十七日の甲府での朗唱会にも顔を出してくれた。ともあれ友人、知人四十人余りに電話をしたり、FAXを送ったりした。
 とにかく四月十五日、午後七時一分開場の時、集まってくれた人は、二十五人いた。在り難い事だ。日中しか見ていない場所で、どう行うのかも皆目分からずに聲を出すことは、危険このうえない行為だ。まして、事前の打ち合わせには無かった禰宜のY氏が参加者に御祓いをして下さると言うではないか。玉串を本殿に奉げる儀式。慣れない事で身体が緊張して、硬くなってしまった。
 閉じられた門の外では、ゴルバチョフ大統領来日の前日でもあり、警備の為の警察官の姿も数多く見られた。
 一度聞いてみたいと言われたI氏や、学生時代の同人誌「文学共和国」の仲間のM女史、造形作家のA夫妻、占星術家のY氏、詩人のS女史そして友人のK氏ら二十五人は(希望者のみ私と共に御祓いを受けた後)、禰宜に引率されて、境内に入った。一歩踏み込んだ瞬間、異次元に入り込んだ気がした。
 誰もが考え無かったに違いない。ここ東京・赤坂・山王日枝神社にて、「聲」を奉納する。
 私は必死に聲を探りながら、発シ始める。石畳の中央、本殿に通じる道を開いて、出し続け、終わってみれば二十七分の予定が三十五分余り聲を出した事になる。終わって禰宜のY氏が、本殿の内に座って、ずっと聞いていてくれた事を知った。全ての聲が本殿に飛び込んで来たと言う。
 初めてだ、こんな凄い聲を聞いたことが無い、と興奮した面持ちで語ってくれた事は、本当に嬉しかった。
 コトバを用いず、聲だけの試みは、初めての事。良いか、悪いかではなく、こうした体験が積み重なって、聲を発スルことの深い世界が見えてくるのだ。
 東京の中心の聖域での「聲」の奉納は、一九九一年四月十五日、新月の日に第一歩を確実に跡にした。
 当日の朝、思いたって英文学者の壽岳文章先生の家に電話を入れた。
 「あなたの、好きなことを思い切りやればよろしい」と言って下さった。
 五月十五日に初来日する若き天才彫刻家イヴ・ダナを対馬の和多都美神社に案内する。あの彼の作品「NATURE」を採集した場、古代の聲の道筋を見て、”天才”は何を感じてくれるのか、とても楽しみだ。
 出会いの始まりは、聲を掛け合う事から。もっと「聲」を大切にして貰いたいものだ。


 月刊「中州通信」(福岡:1991年7月号)(写真:藤原美絵二葉と共)に掲載。 連載「内なる宇宙を求めて No16」より。

 追記 この時、海の香りがし、遠くで、船の汽笛が鳴るのが聞えた。その後 歌手天童よしみが、この赤坂山王日枝神社で、歌の奉納を行っている。

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