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2005/04/10

ヘンリー・ミラー  △の世界の住人 

      ヘンリー・ミラー  △の世界住人


                       天童 大人


 作家ヘンリー・ミラーに付いて他人と話をした事は、ほとんどと言って良いほど無かった。唯一度を除いては。それはほとんど偶然のように起こった。
 ミラーは偶然と言うものは無く、全てが必然だと言う。この一瞬の出会いもまた私にとって必然な出来事だったのだ。
3年前(1984年)、日本橋のTデパートで行われた或る女流陶芸家の個展の会場で、美術評論家の久保貞次郎氏に出会った。
 その場で初めて言葉を交わした久保氏と、ミラーについて私の感じている事を有りの儘に話した。数日後、久保氏から『ヘンリー・ミラー絵の世界』、『ヘンリー・ミラー』の二冊の著書と共にヘンリー・ミラーの版画作品「塔と畑と人物」と「プレーズ・サンドラール」との2点が贈られて来た。今、それらの作品は私の身辺を飾っていて、目を楽しませてくれている。
 それからが大変だった。殆どと言って良いほど(『ランボー論』、『わが読書』、『北回帰線』等を除いて)ミラーの著作を読んでいなかった、或は持って居なかっただけに、入手することに専心した。
 『描くことは再び愛すること』、『不眠症あるいは飛び跳ねる悪魔』等を古書店で探し出した。どうしてもその時に見つからなかった『わが生涯の日々』だけは、久保氏に御願いして送って頂いた。そして1968年 東京で行われた『ヘンリー・ミラー絵画展』とカルフォルニア・ビッグサーに在るコースト・ギャラリーのカタログ『Henry Miller Returns to Big Sur』の貴重なカタログをも頂いた。そして古書店に有った石版画『地震のあと』、セリグラフ『寂しい婦人』をも手に入れた。新潮社から刊行されていたヘンリー・ミラー全集も何故かすでに絶版で、一冊ずつ丹念に古書店から、文庫本の訳本等と共に集め始めると同時に、少しずつ読み始めた。

「人々は性の問題に就いても、他の事柄と同様に、正常とか異常ということを口にするが、正常というのは統計的なことなのであって、例外を認めず、世界の大多数の男女にとって真実であることを基準にしているのである。所が、この大多数にとって正常であり、健全であることは、天才の行動を支配している法則の鍵を求める段になると、どれだけの意味を持つものであろうか。天才はその作品と行動を通して、或る一つの真実の勝利に寄興する為に戦っていると言える。そしてそれは、人間は銘々、独自の法則に支配されているものであって、自分自身の実体に特有の、同じものが二つあることは決してない性格を発見し、認識することによってしか救われない、ということである。」(『性の世界』吉田健一訳)

 1940年に発行されたミラーの本の一節を抜き出してみても、陰湿なこの国の風土の中では約五十年経た現在でも、「人間は銘々、独自の法則に支配されている」ことを未だに自覚出来ない人々が多すぎるのだ。
 ヘンリー・ミラーが宗教的作家であると直識した私にとっても、
 「もしも人間が自分の欲望のもっとも奥深くまで達するなら、猥褻と思うことなどなくなってしまうだろう、自分が無意識のなかで、諦めつけ抑えつけ押し殺しているものを、口頭にせよ形にあるものにせよ、明確な表現で突きつけられることなのだ。」(『追憶への追憶』)を、徹底的におし進めて行くと、その先にある宗教的な世界に、到達するだろう。「性」そのものが大問題なのではなくて、「性」を考える方法を、自分自身の問題として徹底的に追求もせずに、観念的、知識的に、あまりにも手軽に扱えるものだと思いこんでいたことが問題なのだ。ヒトの真実を求め、見つめ、それらを表現することと猥褻が不可分な関係にあることを多数の人々は認めなかった。認めることが出来なかった人々は、自分が、いつのまにか人間の仮面を被った獣であることをすっかり忘れ、ニ足で立つヒトのつもりであった。そこに殺人以外は全てを経験したと言うヘンリー・ミラーと名乗る真のヒトが現れた為に、大多数の人々のアイデンティティが脅威に曝された。
『北回帰線』の発売禁止は大多数の○の人々の脅威の証しであった。考えてもらいたい。今日、発売禁止になった小説が、また拘束された小説家が居るだろうか。恐らく大多数に買って貰うことを願う作家が氾濫し、生き様に魅かれる作家もほとんど居ない。一流は何処にも居ず、三流が一流と錯覚している時代に栄える文名は時の徒花(あだばな)にすぎない。 書き流された大多数の作品が、自己が無いゆえの歴史の徒花に過ぎないことは、いずれ歴史自らが証すことだろう。

 「我々は何れも各種の可能性を自分の内に持っていて、法律とか風俗とか言うものは我々の社会生活、他人と共同に営む生活にしか関係がなく、そしてその社会生活なるものは我々の存在の極く小さな一部分をなしているに過ぎない。我々の生活は実際は、孤独とともに始まるのであって、大勢一緒になった時にどうしていたかということの結果でしかないのである。我々の生活の各段階、又その転機は、本質的に沈黙から生まれてくる。我々は凡てを偶然の仕業に帰して、本のペエジが自然にめくれるという風なことを言っているが、或る出来事が偶然に起こるということはないので、それは我々自身によって知らぬ間に準備されたものなのである。我々がもう少し明晰な意識を持っていたならば、どんな出来事もそのままですみはしないに違いない。どうかすると、我々はいつもより心身がよく調和して、頭が冴えていることがあり、そういう時に所謂、事件が起きるのである。併しどんな出来事でも、何のことはなしにただ起きるということは決してない。我々人間の世界の、どういう分野ででもそうなのではないかと思う。物事を見る眼を持っているものは、凡ての出来事からその意味を汲み取る。そして彼自身がそういう出来事の影響を蒙るのみならず、結局は、そのために宇宙全体に変化が生じるのである。我々から遠距離にある幾多の世界が或る体系の一部をなしていると考えられる時、どうして我々人間の世界だけが例外であり得ようか。併し我々の運命を支配しているものが単なる混乱であるとしか見えなくても、その背後にある秩序まで眼が届く人間も偶には現れて、そういう人間は我々に命令する力を持っている。」(『性の世界』吉田健一訳)
 
 敢えて長い文章を引用したのも、この中に、占星術師ヘンリー・ミラー、幻視者ヘンリー・ミラー、心理学者ヘンリー・ミラーなどが容易に一望出来、この単純で判り易い文章の内に、奥深い道理が秘められているからだ(ぜひもう一度、熟読願いたい。)
 何か絵を描いて見たいと思い、実際に絵筆を持って、キャンバスなり、白い紙に向かって試みてみた事がある人なら、誰もが自分の思うように描けないことに驚くであろう。絵画技法という別のシステムを用いなければ、思うように、感じたように、ヒトは絵を描けないようだ。しかし、ヘンリー・ミラーの絵を見た事がある者なら、彼はやはり、絵画の分野でも「真のヒト」であることに思い至るであろう。
 自由自在な色彩と線、それは誰もが簡単に出来る事ではない。彼の絵画作品の全てから受ける印象は、作者ヘンリー・ミラーが内に持っているイノセントである。技術などを超えた作者自身が如実に現される絵画の世界で、ミラーの「自由さ」がよりはっきり分かりえる。これだけの自由さを持ちえた画家は、絵画の世界でもそう多くはない筈だ。いや、常にヘンリー・ミラーは少数者の世界、△の世界の住人なのだ。大多数の○の世界からは、踏み込む事も、訪れる事も叶わぬ世界なのだ。あらゆる汚辱を突き抜けたところにある「聖」の世界に到達した真のヒト、それがヘンリー・ミラーと言えるだろう。
 今後、恐らく作家ヘンリー・ミラーが表現し得た世界が、大多数を占めるこの世の○の世界の住人からは、ますます縁遠くなるであろう。
 しかし、それは歴史に残るヒトの運命なのだから、ヘンリー・ミラーも喜んで甘受できることであろう。


  「ヘンリー・ミラー研究会会報 第2号」(1987年4月20日、跡見学園短期大学図書館内 ヘンリー・ミラー研究会 発行)に掲載。

 追記、文中の美術評論家 久保貞次郎氏(跡美学園短大学長、町田市国際版画美術館館長、1996年10月31日、87歳で逝去)は、1988年 東京・夢土画廊で開催された画廊企画展「源初展」(大沢昌助、村井正誠、中川幸夫、砂澤ビッキ、酒井忠康、天童大人)に来廊され、小生の字作品を1点、買い上げ下さった。これは私には大きな励ましであった。また勤務先の跡見学園女子短大のご自分の授業時間に招いて下さって、友人のアメリカ人の女性と共に自作詩朗唱を行い、帰り謝礼として二人にヘンリー・ミラーの版画を下さった。感謝!この文章を打つ事で、 私もヘンリー・ミラー研究会会員に為っていた事を、思い出した。

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