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2005/05/02

エジプト 五千年の重みの前で

       いま自己を見つめるということ


                    天童 大人(詩人・朗唱家)


           輝く光の渦

 天空の輝きが、ひと塊になり、地上に反映したのかと錯覚を起こすぐらい、眼下の夜景は光り輝いて見える。それがエジプト・カイロ市の初めて見る夜の顔だった。
 20年前(1977年)、空港で1時間余り、警備兵の銃口に曝されながら、機内に待機し、カイロの風を微かに感じた時の趣とは大きく異なっていた。時間は午前1時、(12月3日)、アムステルダム発、KLM533便はゆっくりと降下して行く。この輝く光の渦の底に、何が隠されているのか、全く予想出来なかった。ただ美しい夜景に見とれながら、友人のイヴ・ダナが遅い時間でありながら、約束とおり、出迎えてくれている事を願っていた。
 4年前(1992年)の九月、スイス・ローザンヌ市のギャラリー・アリス・ポーリーで彼の個展の時、ダナと一緒にエジプトを訪れようと約束した事が、今、まさに果たされようとしているのだ。
 スイス政府が年2回、エジプトのカイロ郊外の一軒家(スイス・ハウスと呼ばれている)を借り上げ、3人から5人の若いアーティストを半年間ずつ送り込んで7年目、私の親しい友人・彫刻家、イヴ・ダナが選ばれ、9月1日(本来は6月1日から滞在する権利はあるのだが、6,7,8月の日中の気温が40度を超えるため、仕事のしやすくなる)からカイロに滞在し、制作しているのだった。幾度か電話でやり取りが有って、何とかやりくりしてでも、彼の原点であるエジプトでの制作の現場を訪れ、自分の眼で、確かめておきたい。彼が居なければ、エジプトを訪れる機会など滅多に無いだろうと思えたからだ。それと同時にアフリカの一部であるエジプトで、日本がどのように見えるのか、その視点を得たいと考えたからだ。それは、今、動けるなら動いてみる。何物にも換えがたい、得がたい体験が出来る。それが今後、自分の思考に幅広く、多くの影響を与えることを直識出来たからだ。

          時空を超えて

 そうして昨年12月2日から19日迄、カイロ10日間、ルクソール、アスワン各3日間のエジプト体験を、今、振り返ると、とてつもない五千年余りの時空を超えて存在しているエジプト文明。写真やテレビなどで、見、知っているつもりの観念的世界など、いとも簡単に打ち破られ、宙に放り投げ出されている自分自身を知るのだった。
 なんと日本は、我々は、と言うより自分は、エジプト文明と無縁の場に居たのだと思う。かって確かに、ピラミッドやアブ・シンベル神殿の前で聲を出してみたいと一度は、思い描き考えたこともある。
 しかも、この国の歴史には全く無知である、と言うより、日本人はほとんどエジプトの現代史には関心がないのではないか。国民的英雄のナセル大統領が1961年、或る日突然、ユダヤ人に僅かな身の回りの品物を持たせ、エジプトから追放(現代の出エジプト記)したことなど、このアレキサンドリア生まれのイヴ・ダナを発見し、出会わなかったら、未だ私は知ら無かったに違いない。
恐らく、多くの日本人もこの事実は知らないのではないか。ともかく私はエジプトに対して、余りにも無知だったことに気がつく。

         蜃気楼のように

 あのアガサ・クリスティの小説『ナイル殺人事件』の舞台のアスワンのホテルオールド・カタラクトのレセプションの女性に、フランス語を話す日本人に初めて出会ったと言われた時、私は不思議な気がした。
 ツアーで歩いている日本人たちは良く見かけたが、一人で歩いている日本人にはひとりしか出会わなかった。団体ならエジプトから受ける衝撃は少なくて済むかも知れない。今、日本人は振り返って、自省しなくてはいけない事が沢山在る事に気がつく。五千年の歴史の前でカイロ市内を行き交うあの人々のエネルギーを思い描いて見る時に。
 「世界」は平坦な「面」の連続体ではなく、重層的な時空の相互関連性のなかにこそ屹立する「立体」空間なのだ。
 日本人の反面教師は、ヨーロッパから、エジプトに移動したのであろうか。何故か、昨年末からエジプト関係の書物が目に付き始めた。やっと日本人も絶対に敵わない五千年の重み、エジプト文明を前にして、自国、日本の歴史、文化など、日本人自身の見直しを始めたのであろうか。
 では300年余りの歴史しか無いアメリカ人たちはこの文明の前では、どのように自分たちを考えているのだろうか。独りのアメリカ人女性アーティストの家族を除いては、アメリカ人の姿を見かけなかった事に、初めて気がついた。それはアブ・シンベル神殿の前で聲を出した後、帰途、砂漠の中で自分の眼で初めて見た蜃気楼のように思えるのだが。


  公明新聞(1997年1月21日)、写真一葉と共に掲載(改稿)より。

追記
   この時の旅で、現大統領ムバラクが、人々の為に尽くす政治家では無く、身内、親族に手厚い保護を与えて私腹を肥やすタイプの独裁大統領である事を、現地で不満を持つ若い人々から教えられた。
実際にアスワンでは、ムバラクの弟の巨大な別荘に案内されて、事実で有る事を知った(この時は携帯電話も、テロの危険とかで禁止されていた)。これまでナセル亡き後に偉大な大統領に為れるだろうと風貌から推測し、密かにムバラに期待していたが、何か裏切られた気がした。サダト暗殺時の副大統領ムバラク、その後大統領四選、24年間。(参考の為に、在職期間はナセル14年間、サダト11年間、)
 しかし、この9月、ムバラクが五選を賭けた大統領選挙を前に、昨年秋から、カイロ市内で(集会規制の中)、五選反対の知識人を中心とした市民デモが繰り返されている(新聞報道は非常に少ないが)事は注目に値する。24年間ムバラクに抑えられていたエジプト国民の止むに止まれずの行動なのだろう。運動が烈しくなれば長男を候補者にして、院政をも視野に入れて考えているムバラク。
 エジプト5000年の歴史は、この独裁者を如何に判定するのか。 是非、10月のエジプト大統領選挙に国民がいかに行動するのか、エジプトに於ける民主化とは何か、を刮目して見守りたい。
 フランスの作家、クリスチャン・ジャックの著作、『太陽の王 ラムセス』、『光の石の伝説』、『ピラミッドの暗殺者』等を読むと、権力闘争は古代も現代も、何時の時代も人間の欲望は変わらない事が解る。
 古代、為政者は祭礼を重んじて居たと言う。 現代の為政者ムバラクは、古代の神々や歴代のファラオに対して、祭事を執り行って来たのだろうか?歴代ファラオの無言の力が、現代に奇跡を起こし得るのか?
 あの現存する王家の谷に、古代からの祈祷師の末裔は存在しないのだろうか?
 最近「最も美しいミイラ」が発見された。今、何故?何を伝えたいのか?
 私は今、極東の小さな島国から、エジプト文明5000年の大地の秘めた力を期待しているのだが。(2005年5月5日)

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