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2005/05/20

イタリア・シチリアに聲を刻む

        シチリアに聲を刻む


                   天童 大人

         航空会社総支配人の紹介から・・・・・

 昨年12月初旬(1998年)、シチリアに初めて行くと、アリタリア航空極東総支配人のロマノ・マズッコ氏に言うと、良い本が在ると言って本棚を探しながら、「ケイコ・コモリヤを知っているか」と訊ねてきた。知らないと答えると彼は何処かに電話を掛けた。彼が話すイタリア語を黙って聞いていると「友人のアーティストのテンドウが・・・」と紹介して、受話器を渡してくれた。女性の心地良い聲が聞こえてきた。それが『シチリアに行きたい』(新潮社刊)の著者、小森谷慶子さんだった。
 シラクーサで、パピルスの紙を探し、ギリシア劇場跡で聲を出したいと旅の目的を話した。家に戻ると早速、彼女から私の問についての答えが届いていた。追って書き込まれた「シラクーサ」の地図や雑誌「ア・ウイーク・イン・シシリー」等の関連資料が送られて来た。
 中旬、シチリアのカターニャ飛行場に、ミラノ経由で着いたのは真夜中だった。そこで出会ったタクシー運転手サルヴァトーレに、ホテルへの道行きのなかで、明日、シラクーサまで運んでくれる事を頼んだ。
 翌日、シラクーサのホテルに着くとすぐ、私は小森谷さんが書いてくれた地図と本とを持って、オルティージャ島の向かった。

     開放感に溢れた栄華誇る都市

 海からの冷たい風が気持ちよい。町はナターレ(クリスマス)を迎える為のイルミネーションの準備が始まっていた。グランドホテルの前の海沿いの道を岬に向かって歩いて行った。パピルス屋はすでに昼食時の為か閉まっていた。そこでレストラン・アルキメーデを探した。シチリア語で詩を書く詩人トゥーリ・ロベッラやあの週刊誌を発行しているドットール・ペッレソーティが食事をしていることを小森谷さんからの手紙で知っていたからだ。横の路地にあるレストランを確かめてからドーム目がけて路地を歩いた。歩きながら、何故か間違いなく島の中の島に居ることを感じた。
 シチリア島も島であり、このオルティージャ島も小さな島でありながら、広く開放された空間を感じるのだ。
 恐らく紀元前734年、コリント人によって建設され、前480年、ヒメラ戦役から前212年、ローマに征服されるまで、地中海海域で最も栄華を誇った都市であった過去の伝統の根強さと歴史の重みが、沁み込んでいるからではないか。
 私はこの町が、この小さな島が好きになった。
 ドーモの前から引き返し、レストラン・アルキメーデで食事をした。ここではケイコ・コモリヤは有名だった。考えてみれば、小森谷女史には未だ会っていないのだが、気分は旧知の友のような気がしていた>
 「アレトゥーサの泉」でパピルスが自生しているのを見た後、島内を隅々まで歩きホテルに戻った。
 観光局の人が訪ねてきている、とのフロントからの電話で起こされた。ロビーに下りて行くと、ケイコからの依頼で、と観光資料を私に渡し、何か困った事があればと電話番号を書き残して、アルバーニ女史は帰って行った。
 翌朝、ホテルの近くの床屋で髪を切って貰った。職人肌の主人が何も頼まないのに、いきなり水を付けただけで、口髭にカミソリを入れた。ここはマフィアの島、シチリア。生まれて初めてだったがシチリアの職人に、髭の形を整えて貰うのも悪くはないと考え直した。
 その後、歩いて近い考古学公園に向かった。二年毎にパッレソーティ氏等が企画に参加して、ギリシア古典劇を上演しているギリシア劇場跡は、期待し過ぎていたのか、思っていた程、良い空間ではなかった。


      邪魔をされずに思う存分の聲が

 しかし、天国の石切り場にある「ディオニュシオスの耳」は、評判にたがわず、素晴しい人工の空間だった。幸い誰にも邪魔されず、思う存分、充分に聲を出す事が出来た。
 黙って聞いていた警備員が、ここに立ってご覧、と教えてくれた場所で聲を出すと、響きはより大きく、強く増幅するのだった。
 夕方、ホテルに、ペッレソーティ氏が巨体を現し、私を事務所に案内した後、アルキメーディでの食事に招待してくれた。
 朝、約束の場所に、時間通り巨体は現れた。そして初めて出会った詩人トゥーリ・ロベッラ氏と共に、詩人の故郷でもあるシラクーサ郊外のパラッツォーロ・アクレィデのギリシア劇場跡に向かった。そこで私は二人の為に、自作詩を日本語で朗読した。
 巨体のドットール・ペッレソーテ氏が「テンドウはオープン・マインドだ」と言うと老詩人も、にこやかに肯くのを見て、二人に出会う機会を作ってくれたロマノ・マズッコ氏と小森谷慶子女史とに深く感謝した。


     公明新聞(1999年1月17日号)に写真一葉と共に掲載、補筆。 

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