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2005/08/12

骨董・灰陶布目印文小壷(中国・戦国時代)

   骨董・灰陶布目印文小壷(中国・戦国時代)


                  天童 大人・三童人
                   (字家・朗唱家)

 李朝の肉厚の黒茶碗、古鏡と続いて出てきたのが写真(残念ながら掲載出来ず、悪しからず)の小壷だ。
「戦国時代ですよ、今から二千三百年前」
 ご主人の後藤氏が発した歳月の重さにまず感心した。「どうして戦国時代と分かるんですか」、「この巴印が特徴なのですよ」
 私は指差された部分を良く見ると、紛れもなく、「巴」、「スワスチカ」で生命のシンボルである。胸騒ぎがしてきた。触ってもいいですかと断って、触れてみた。ひんやりとした土の感触が、時代の深さを伝えていると感じた瞬間、手の内のこの小さな器が、ぐんぐん大きくなり、四、五○センチ位の大きさにはっきり見えた。私は値をご主人に尋ねた。

 ここは京橋にある古美術店・後藤真趣堂だ。
 日本橋に出ると必ず丸善のM氏に会い、守尾瑞芝堂で文房四宝を見、以前に大学の後輩の女性が働いていたこともあるこの店で、後藤さんの話を聞きながら、様々な珍品を見せて頂くのが、私の密かな楽しみの一つでもある。
 御主人が奥から戻ってきて、纏めて出てきた物のひとつだから、値は少しだけ乗せてくれれば良いと言うので、買う事に決めた。
 直ちに、身近の友人たちに、大きく見えたこの小さな器の事を話した。そのひとりである西新橋のギャラリーいそがやの長尾喜和子女史は、早速、『目の眼』一九九三年十一月号掲載の長田早苗氏の「脱塩処理の手法」を読んで見たらと貸してくれた。
 数日後、再び店を訪れて「酒杯」として使ってみたいと相談すると、以前の持ち主も一度だけ酒杯として用いた事があるという。
 「壊れたら壊れた時ですよ」と御主人は言って直ちに少し縁の欠けた小ぶりの方の器を水から煮てくれた。待つこと二十分余り。
 「大丈夫ですよ」と言って、熱湯を含み、色濃く熱っぽってりの器を出して来てくれた。土の匂いがする。そして数日して、受け取りに立ち寄ってみたら、御主人は留守だった。

 約束の日、まず丸善にM氏を訪ねた。
 彼は貰い物だけど、気にいるだろうと、丸形の「Celtic Horses(ケルトの馬たち)」と名付けられた文鎮をくれた。奇しくも三頭の馬の絵柄の外側には巴印が連なって刻み込まれていたのだ。戦国時代の特徴の印はケルト文化の印でもあるのだ。生産地が特定できないとすれば、ケルトの人々が中国大陸にまで足を伸ばし、産み出した証しに巴印を残して消えたとも想像出来得るのだ。私の夢が一瞬にして大きく膨らんだ。
 そして、この器を大切に使い始めると土の泥臭い匂いが消え、次第に芳ばしい香りを発し始めた。
 古の人々はこの小さな器をどのように用いたのであろうか。
 ともあれ、今、永い眠りから確かに甦ったのだ。


月刊『目の眼』3月号 (1994年3月1日発売)に写真一葉と共に掲載する。

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