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2006/02/25

森 茉莉ドット文学館 白川宗道館長 亡くなる。

 今朝、友人の蕪木寿氏から電話が有り、白川君が亡くなったの知ってるか?と言う。
目覚めの冗談かと思ったが、一瞬、やはり本当の事かも知れないと思った。
 一週間位前 心臓マヒのような状態で亡くなっていたのが、発見されらしい、との事。

 昨年の6月7日付のブログに「森 茉莉さんのこと」を書いたが、森茉莉忌で話して貰いたいとのことだった。
それは彼が森 茉莉さんのサポーターに為る前に、私が何故か森茉莉さんと行き来していた事を、彼が知っていたからだった。

その後、彼がオーナーに為った新宿の「サタデーズ」の開店記念日一周年に、朗読会をして貰いたいとの依頼が有り、04年、05年と2年続けて朗読会を彼の狭い店で開催した。
 1日にも休まずに店を開いていて、彼を知るものは誰もが彼の健康の事を心配していたのだが、誰の言う事も聞かなかったのでは?

そして自宅でお風呂に入ろうとして、心臓マヒのようにして亡くなったとか。

そんなに早く、天に召されるとは、彼は考えて居なかっただろうに。

  さぞかし無念だっただろうに!!!

 面倒見の良い彼だったが、やはり早い亡くなり方だ。

 
 彼は何歳だったのだろうかと、知人に問い合わせて聞いたら、折り返し返事が来て、1947年生まれだとか。
 またしても還暦までに亡くなるとは。無念!


 謹んで、ご冥福をお祈りします。


天童 大人


追記:今後、森茉莉ドット文学館は誰が継いでくれるのだろうか?

 

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2006/02/24

米副大統領 誤射 責任認める(朝日新聞 2月16日夕刊)とはどう言う事なのか?

  
 自らの過失責任を認めた男はどう責任をとるのか、この朝日新聞の記事からでは残念ながら未だ解らない。
事件を起こしてから4日後、仲間内?のFOXテレビニュースのインタビューに応じたチェイニー副大統領の記事が、ワシントン=渡辺勉として16日夕刊に掲載されたのを遅ればせながら23日に見た。

 現場の写真が無いので、どんな状況で今回の事件が起こったのか、皆目わからない。
撃たれたのはチェイニー副大統領より13歳年長の仲間のハリー・ホイッチィントン弁護士。

何故、発表が遅れたのか?どんな仲間なのか?何猟なのか?散弾銃だから獲物は鳥類か?
だとしたら事件を目撃した農場主の家族が「ホイッティントン氏が自分の存在を声を出して知らせなかった」と述べたのも可笑しいのではないか?
声を出したら獲物の鳥たちは飛び立ってしまうだろうに。
この弁護士の立っていた場所は人間と樹木とを識別出来ない場所なのか?

 依然と謎だらけの事件だが、も少し時間が経つと事件の見えぬ背景が浮き上がって来るのではな無いだろうか?
 早く弁護士が口を開くのを、何と言うのかを知りたいものだ。

 この事件はアメリカでは法律的にはどんな罪状になるのか?
 もし日本で同様な事件が起こったらどんな反応が起こるのだろうか?

 未だまだ見守って行く必要がありそうだ。

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2006/02/18

ジョセフ・クーデルカ Josef Koudelka(写真家)に逢った時、作品の謎が解けた。

初めて写真家ジョセフ・クーデルカの名前と作品を知ったのは1990年、スイス・ローザンヌの若き天才彫刻家 イヴ・ダナの家でだった。
クーデルカの写真集を見て、チェコに侵入したソ連軍を撮った写真家だった事を知った。
その写真は私にも見覚えがあったが、写真家の名前は知らなかった。

 ところで若き天才彫刻家イヴ・ダナの「天才」については、過去の私のブログをお読みくだされば、ご理解できると思う。
 イヴ・ダナの才能を発見する切っ掛けに為ったスイス・グリフォン社から刊行されていた二十世紀の彫刻家叢書の最後の一冊が作品集『DANA』だ。。
 これを手掛けたのが世界の写真界で有名な名匠Jean Genoudだ。
ジャン・ジュヌーはアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真集を永い間、手掛けたきた名匠で、世界中の写真家が一冊はジュヌーの手で写真集を制作したいと願っているのだ。だから写真関係者なら知らない人は居ない。
 しかし、日本では一度も聞いたことの無い名前だった。

ダナから彼の才能の凄さを聞くたびに1度でも良いから逢いたい、とローザンヌを訪れるたびにダナに話していたがなかなかタイミングが合わなかった。

しかし、遂に彼に逢えたのだ。
 1997年5月6日。
 どうして会見した日時が鮮明に分かっているかと言えば、詩誌『幻視者』 85号(1997年9月15日刊)に、
詩作品「エズラ・パウンド頌 -二十五回忌に寄せてー」を発表した。
その作品のなかに


 今、ここローザンヌで(1997年5月6日)。
 若き天才彫刻家イヴ・ダナに連れられて、名匠ジャン・ジュヌー
 に初めて会った後、何故か、貴方のことをしきりに憶うのだ。


 と書き残しているからだ。
 
 この日ダナに連れられて彼のスタジオに着くと、今日は居るよ、テンドオ!彼の車が有るからね。とダナが言う。

 玄関から彼の居る場所に向う途中の機械からは、サルガドとクーデルカの作品が出てきていたが、何故か脇に置かれたオリジナルの作品よりもプリントされた方がずーっと良いのだ。これには全く驚いた!!!

 聲がして、顔を上げてみて、ビックリした。
 アンドレ・ブルトンが居るのかと思うほど、ジャヌーが、あのアンドレ・ブルトンに似ていたのだ。
 彼が、テンドウ、と言う発音も日本人と変わらない見事なもの。
 彼に写真集を作って貰いたくなった。

 「ユリシーズの瞳 テオ・アンゲロプロスとジョセフ・クーデルカ」と題された映像工夫館作品展が、1997年12月3日ー1998年2月18日迄、東京都写真美術館で開催された時、大好きな写真家 ジョセフ・クーデルカが来日する事を知った。
勿論、映画「ユリシーズの瞳」も上映され、クーデルカのサイン会も有るとの事だったので、彼の作品集『Mission Photographique Transmanche Cahier 6 』と自分の仏訳付きの即興朗唱詩集『大神 キッキ・マニトウ』を持参して会場に行った。

 映画も終わり、クーデルカが机の上に座ってサイン会が始まった。
 私も持参した書物とパンフレットを持って並んだ。
 私の番に為って、1冊目のパンフレットのサインをして貰っているときに、

 ジャン・ジュヌーを知っていると言った。

 彼のペンを動かす手が止まり、
 なんだって、ジュヌーを知ってるの? 君は、どうして?
 友人のイヴ・ダナから貴方の作品を知り、ダナの素晴しい作品集を手掛けたジャン・ジュヌーに逢いたくて、
 やっと、逢えたのだ、と。
その時、ジュヌーのスタジオで貴方とサルガドの作品を見た、と経緯を手短に話した。

 すると、クーデルカは
 ジュヌーの知り合いならちゃんと挨拶をしなくちゃ、と机から腰を上げて立ち上がった。

 あっ! この瞬間、謎が解けたのだ。

 彼の作品集を読み込んでいて、解らなかった視線の謎が。

 背が高い。見上げる程、高いのだ。(あとで解った事だが、204cm位あるらしいのだ。)

 あの高さからファインダーを覗くと、そうか、と彼の作品の視線の謎が初めて解ったのだ。

 きちんと名前を言って握手をしてくれた。大きな力強い、手の挨拶だった。

 彼の人柄、品格が窺い知れた。こんな人柄だから作品に品格が在るのだ。

 何年前の事だろうか?

 字の仲間でもある、いけ花作家の中川 幸夫さんが、

驚いたよ、テンドオ君、アラーキがね、写真には品格が必要だ、と言うんだよ。
 あのアラーキが、品格、とね。

 中川幸夫さんで無くても驚く事だが、

 アラーキは、或る時、写真の本質に触れた、と私には解った、と今は言って置こう。

 早く、本格的な ジョセフ・クーデルカの展覧会を日本で見てみたいものだ。

 この国ではなかなか本物は認められないのだ。

 政治家や経済人の品格の無さには眼を覆うばかりだ。

 民度が低い国民か?残念!無念!

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2006/02/13

チェイニー副大統領、狩猟中に誤って仲間を撃つ(ロイター),は本当に誤ってなのだろうか?

 チェイニー米国副大統領は誤射で在ろうが、殺意が無かろうが、あろうが人間を撃つたのなら、辞任し、全ての公職から全て撤退しすべきだろう。
 年貢の納め時だし、持病の心臓病?はさらに悪化する事だろう。
 
 悪人には心臓病患者が多いとか?悪を行い、隠蔽するから心臓に負担が掛かるのだろう!
 現政権の為にも本人の為めでもあろうに、己を知らな過ぎるのだ、この欲深い野心に満ちた男は!

 13日,海外のテレビニュースの画面で、アメリカ・チェイニー副大統領が人間を撃ったことを知った。

13日付の朝日新聞夕刊には、米副大統領男性を誤射 狩猟の仲間 気づかず との表題の短い記事が載るのみ。
 14日付の毎日新聞の朝刊にも、この誤射事件には全く触れていない。
 何故? 
 15日付の毎日新聞の夕刊の3面に載っただけ。

 日本でも熊撃ちに行き、誤って仲間を撃ったが、後で実は殺人事件だった、との殺人事件の記憶がある。
誤射であろうが、人間を撃ってしまった事には間違いない。(今、アメリカは戦争中か。)

 仲間でもある撃たれたハリー・ホイッテッィングトン弁護士が何者かは一切報道されないが、この事実はしっかりと記憶に留めて置く必要が在るのだ、とだけ伝えておこう。

 もしこの弁護士が死亡したら、罪状は何か?殺人か?過失か?

 仲間に撃たれた弁護士の心境は如何に?

 この弁護士は何を語るのか? ブッシュ大統領の心中は如何に?

 日本のマスコミの反応の鈍さは、愚鈍さの象徴化?
 

 Yahooのニュースにも出て来ないのは全く可笑しい。

@nifty NEWES@niftyには

”この出来事は、最初、地元紙で報道された。副大統領室が発表したのは発生から1日たった後になってからだ。”

この記載も全く可笑しい。もともとチェイニー副大統領はとかく胡散臭い人物。

もしかしたら何かを隠蔽する為の暗殺か?口封じへの警告か?等と言われてても仕方が無い人物だ。

 小説と映画とでの『ペリカン文書』を思い出す。

 アメリカ現政府、及びアメリカの国状の表れか?

 今後のアメリカの行く末を、暗示しているのでは?

 皆さんの強い視線と、強い意識で見守り続けよう!!!


では、 キッキ・マニトウに たっぷり働いて、いただこう!!!


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2006/02/10

 大神 キッキ・マニトウ ! 今日(2月10日)が日本で誕生して23年目です。

 大神 キッキ・マニトウは今から、23年前の1983年2月10日、日本では帯広で、初めて産声を上げました。

 今日、2月10日は、大神 キッキ・マニトウの日本での誕生日です。

世界で初めての即興朗唱詩集 『大神 キッキ・マニトウ』(1997年2月10日 限定970部 北十字舎刊 価格4500円(本体価格))ヨリ。

 1983年2月10日、電話の鳴る音で眼が覚めた。朝七時である。何事かと思い受話器を取ると、「熊代(弘法)です。帯広は吹雪です。飛行機が飛ぶかどうか確かめてから、出発して下さい。」
 吹雪と言う言葉で、これから訪れるであろう情景を想い描きながら、ゴム長靴を履いて行こうと、咄嗟に決めた。
 羽田空港で、帯広市上空が吹雪の為、視界悪く、札幌に着陸する事もあり得ることを承知なら、搭乗手続きをして下さいとの事である。その場合、札幌から帯広の国鉄、特急乗車券を渡すとの話を聞きながら、汽車には乗らないことを確信していた。搭乗手続き終了五分前になり、吉増剛造氏がゆっくりと”革靴”で現われた。
 タラップを踏み、機内の指定された座席番号の場所まで来ると、美人のスチュワーデスがひとり立った。
胸の名札には「犬童」と記されていた。「ケンドウさん?」「いいえ、インドウです。」「同じ名前の人知ってるよ。」「どちらの方ですか。」
「福岡に住んでる詩人でね。」「なんと言われる方ですか。」「〈風〉の同人で犬童進一」「私の父です、今、水俣です。」「僕も同じ〈風〉の同人でテンドオ。」

 この犬童進一氏のスチュワーデスのお嬢さんはこの後、間もなく嫁ぎ、生まれた娘さんが、今、宝塚歌劇団に入団し 星組 花 ののみ として活躍している。(是非 応援してあげてください!!!)

 月日の過ぎ去るのは全く早い!

 その夜、帯広・洗濯船で、十能とデレッキとを持ち、燃え盛るストーブの前で、突如、大神 キッキ・マニトウが私の口から、誕生した。
 あの時から23年。世界各地に、大神 キッキ・マニトウ を打ち刻み続けてきた。
 
 今年の1月1日の私のブログを見て下さい。

 隠蔽してきた悪事が、白日の下にどんどん湧き出て来ますよ。
 風を肌に感じたら、大神 キッキ・マニトウが傍に居ると思って、聲をかけてあげて下さい。

 キッキ・マニトウ、と。


 今後の大神 キッキ・マニトウの活躍をご期待下さい。


  惹起セヨ! 大神 キッキ・マニトウ!!!!


  忘れていました。このブログにカウンターを何とか附けて1年目です。
  今後もご愛読下さい。

              

               TENDO TAIJIN BUREAU

天童 大人

               TENDO TAIJIN


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2006/02/04

「Imagine」を歌う熊本のヴォーカリスト、田上智美の「聲」を聞いた。

  新しい「聲」を見つけた。熊本のヴオーカリスト、田上智美の歌う「Imagine」.を聞いて。

去る2日、帰宅すると郵便物にのなかに赤文字で、われもの注意、!と書かれた封筒の裏を見ると、菊池郡・・・・と書かれ東 和子、と記されていた。
 早速封を切るとを開けてみると手紙と一枚のCDが入っていた。
 東さんの手紙を読み始めて、またまた驚いた。
このCDの主人公が熊本のヴォーカリスト、田上 智美さんで、東さんは橋口 木實先生を田上さんに紹介されたと言う。 この東さんの事を教えてくださったのは、橋口先生だった。

 橋口 木實先生は、2年前の、「聲の奉納 IN 対馬・和多都美神社」にご参加くださったときに、雨を止めるのに多大なお力を与えて下さった。その時のオーラが降りた証拠写真が手元に在るので、何時でも、関心のある方には御見せ出来るので、ご遠慮無くお申し出下さい。

 さて話が横道に逸れてしまった。
 同封されていたCDジャケットの写真には、マイクを握っている一人の美人が写っていた。
開くとニ枚の紙片がでて来た。一枚は、智美:訳の Imagine の歌詞。もう一枚は手紙だった。
 手紙を読み終わって早速、私の為に作ってくれたCDを聞いてみた。

 それほど期待してたわけではなかったが、聞いて驚いた。
そしてすぐ同封されていた名刺の電話にかけてみた。留守番電話が直ぐ本人に替わり、直に話すことが出来た。

ジョン・レノンの聲で聞くのも良いが、田上 智美の歌う「Imagine」も良いよ!一度彼女の歌う「Imagine」を聞いてご覧。驚くから!
 「聲」が良い。何度聞き返しても、厭きない良い聲だった。これはとても大事な事。
 写真で見るだけだが、美人ちゃんだ。
 表現者は、容姿も表現の一部だからだ。
 これもまた大切な要素。

名前は出てしまえばこの国の巷では通用するらしが、実際は聞くに堪えない聲も氾濫しているから、用心が必要だ。
  是非、一度、生の聲を聞いて見たいものだ!

 熊本のヴォーカリスト、田上 智美(たがみ ともみ)、を。

 彼女のの「聲」を、歌を、是非、全国区に!

 皆さん、覚えて下さいよ。

 宜しく、お願いします。

 今もまた田上 智美の歌うImagineを部屋中に流し、聞きながらこれを、気持良く書いている。

 有難う。熊本の東 和子さん、田上 智美さん、そして橋口木實先生、本当に有難う。

                             天童 大人


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