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2006/02/18

ジョセフ・クーデルカ Josef Koudelka(写真家)に逢った時、作品の謎が解けた。

初めて写真家ジョセフ・クーデルカの名前と作品を知ったのは1990年、スイス・ローザンヌの若き天才彫刻家 イヴ・ダナの家でだった。
クーデルカの写真集を見て、チェコに侵入したソ連軍を撮った写真家だった事を知った。
その写真は私にも見覚えがあったが、写真家の名前は知らなかった。

 ところで若き天才彫刻家イヴ・ダナの「天才」については、過去の私のブログをお読みくだされば、ご理解できると思う。
 イヴ・ダナの才能を発見する切っ掛けに為ったスイス・グリフォン社から刊行されていた二十世紀の彫刻家叢書の最後の一冊が作品集『DANA』だ。。
 これを手掛けたのが世界の写真界で有名な名匠Jean Genoudだ。
ジャン・ジュヌーはアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真集を永い間、手掛けたきた名匠で、世界中の写真家が一冊はジュヌーの手で写真集を制作したいと願っているのだ。だから写真関係者なら知らない人は居ない。
 しかし、日本では一度も聞いたことの無い名前だった。

ダナから彼の才能の凄さを聞くたびに1度でも良いから逢いたい、とローザンヌを訪れるたびにダナに話していたがなかなかタイミングが合わなかった。

しかし、遂に彼に逢えたのだ。
 1997年5月6日。
 どうして会見した日時が鮮明に分かっているかと言えば、詩誌『幻視者』 85号(1997年9月15日刊)に、
詩作品「エズラ・パウンド頌 -二十五回忌に寄せてー」を発表した。
その作品のなかに


 今、ここローザンヌで(1997年5月6日)。
 若き天才彫刻家イヴ・ダナに連れられて、名匠ジャン・ジュヌー
 に初めて会った後、何故か、貴方のことをしきりに憶うのだ。


 と書き残しているからだ。
 
 この日ダナに連れられて彼のスタジオに着くと、今日は居るよ、テンドオ!彼の車が有るからね。とダナが言う。

 玄関から彼の居る場所に向う途中の機械からは、サルガドとクーデルカの作品が出てきていたが、何故か脇に置かれたオリジナルの作品よりもプリントされた方がずーっと良いのだ。これには全く驚いた!!!

 聲がして、顔を上げてみて、ビックリした。
 アンドレ・ブルトンが居るのかと思うほど、ジャヌーが、あのアンドレ・ブルトンに似ていたのだ。
 彼が、テンドウ、と言う発音も日本人と変わらない見事なもの。
 彼に写真集を作って貰いたくなった。

 「ユリシーズの瞳 テオ・アンゲロプロスとジョセフ・クーデルカ」と題された映像工夫館作品展が、1997年12月3日ー1998年2月18日迄、東京都写真美術館で開催された時、大好きな写真家 ジョセフ・クーデルカが来日する事を知った。
勿論、映画「ユリシーズの瞳」も上映され、クーデルカのサイン会も有るとの事だったので、彼の作品集『Mission Photographique Transmanche Cahier 6 』と自分の仏訳付きの即興朗唱詩集『大神 キッキ・マニトウ』を持参して会場に行った。

 映画も終わり、クーデルカが机の上に座ってサイン会が始まった。
 私も持参した書物とパンフレットを持って並んだ。
 私の番に為って、1冊目のパンフレットのサインをして貰っているときに、

 ジャン・ジュヌーを知っていると言った。

 彼のペンを動かす手が止まり、
 なんだって、ジュヌーを知ってるの? 君は、どうして?
 友人のイヴ・ダナから貴方の作品を知り、ダナの素晴しい作品集を手掛けたジャン・ジュヌーに逢いたくて、
 やっと、逢えたのだ、と。
その時、ジュヌーのスタジオで貴方とサルガドの作品を見た、と経緯を手短に話した。

 すると、クーデルカは
 ジュヌーの知り合いならちゃんと挨拶をしなくちゃ、と机から腰を上げて立ち上がった。

 あっ! この瞬間、謎が解けたのだ。

 彼の作品集を読み込んでいて、解らなかった視線の謎が。

 背が高い。見上げる程、高いのだ。(あとで解った事だが、204cm位あるらしいのだ。)

 あの高さからファインダーを覗くと、そうか、と彼の作品の視線の謎が初めて解ったのだ。

 きちんと名前を言って握手をしてくれた。大きな力強い、手の挨拶だった。

 彼の人柄、品格が窺い知れた。こんな人柄だから作品に品格が在るのだ。

 何年前の事だろうか?

 字の仲間でもある、いけ花作家の中川 幸夫さんが、

驚いたよ、テンドオ君、アラーキがね、写真には品格が必要だ、と言うんだよ。
 あのアラーキが、品格、とね。

 中川幸夫さんで無くても驚く事だが、

 アラーキは、或る時、写真の本質に触れた、と私には解った、と今は言って置こう。

 早く、本格的な ジョセフ・クーデルカの展覧会を日本で見てみたいものだ。

 この国ではなかなか本物は認められないのだ。

 政治家や経済人の品格の無さには眼を覆うばかりだ。

 民度が低い国民か?残念!無念!

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