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2006/08/05

巨大なドラゴンと共に帰国した7月25日から日本は晴れているではないか!!!

 去る7月15日、13時05分、英国航空でドラゴンと共に去り、25日11時15分にベネゼエラから帰国するまで、日本の気象状況はどうであったか、思い出してみれば良い!!!

 日本だけではない、韓国、中国と気候は荒れていたのではないのか?

 巨大なおとなしい綺麗な、黄金色のドラゴンが日本を留守にすると、天竜川が決壊し、鹿児島地方の水害と災難が続いていたのではないのか?

 ベネゼエラの太陽を沢山、浴びて益々巨大に為った美しいドラゴンが、今はこの国を守っているから、良い天気が続いていて、夏らしい夏の気候なのだ。

 晴れて真夏らしく、暑ければ暑いと文句を言う!!!

 勝手な奴らだ!!!

 真夏は暑いのが当たり前だ!!!

 こんな暑さで倒れるようでは、これからの自然淘汰に勝つ事は出来ないぞよ!!!

 この世の自然淘汰ぞよ!!!

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2006/08/04

日本人が同胞を見捨てた!ドミニカ共和国移民問題での政府の対応は。

 50年前、言葉も出来ない異国の荒地に放り出されて、その結果の見舞金が50万円~200万円。
最低でも桁が一桁違うのではないか!
お金の問題では無いが、日本政府が、移住者に対しての誠意を示すのは唯一金額しかないだろう。

 福井日銀総裁にはこの移民の人たちの爪の垢でも飲ませたいものだ。

 取って置いた首相談話が掲載された新聞が何処かに行ってしまったので、詳しく正確には言えないのだが、高齢者、及び困窮者支援や日本人社会の拠点作りなど誰が、どのセクションで遣るのか、はっきりしてるのだろうか。
それはドミニカと東京に出来るのか?何時に?

外務省の役人の中で、こんな地味な仕事を誠実に遣れる人物などそうざらには居まい。
 麻布飯倉のワイン貯蔵庫で飲んだ呉れているのが大好きな者たち。
 どうもこれらの移民対策は永続性が無いように思うのだが、如何かな!

 50年前、在った本当の話。
このドミニカ移民に関った外務省の役人を始めとして、全ての関った人物の名前を移住者代表の嶽釜徹氏らは、公表したらどうだろう。

 さぞご無念であった事だろう!

 満足に謝罪も出来ない日本政府。小泉首相も現地を見たら良い。プレスリーの物真似をして、世界の顰蹙をかう間が有るなら、この夏休みに、自らが行くべきだろう!

 其れが本当の誠意ある謝罪だ。

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2006/08/01

海外の国際詩祭に参加して10年、16回目で初めて在外日本大使館員が来場。驚くべき出来事だ。

 今回のベネゼエラでの第3回カラカス国際詩祭にて、初めて在外ベネゼエラ日本大使館員が開催された客席数2300余りのTeresa Carreno Sala Jose`Ribas劇場の大ホールに姿を現した。

 在外ベネズエラ日本大使館文化班の河本秀夫氏である。 これは劇的な事件である。
数多く海外で開催される日本人の展覧会なり、公演であっても、日本大使館員が出席したと言う話は、友人の間でも残念ながら全く聞かない。
 酷い例は、2000年のセネガルで開催された第3回ダカール国際詩祭で、主催者から、お前の国の大使館はおかしいと詰問された。
それはこの国際詩祭の開会式に招待状を出したが、出決席の返事も寄越さない。随分失礼な話ではないか、と。
1997年の第7回コロンビア・メデジン国際詩祭に初めて世界の舞台に踊り出て以来、この10年間で15回の国際詩祭に出たが、1度たりとも日本国の大使館員が会場に姿を現した事は無かった。
 友人の天才彫刻家イヴ・ダナのオープニングパーティにスイスのローザンヌには、アメリカ大使が、ヌーシャテルのオープニングパーティーにはエジプト大使が姿を現しているのを見たし、実際に彼らと話もしたものだ。

 日本の外交官の中でアートに関心のある人物は存在するのだろうか?
知的に程度が低いのか、ヤル気がないのかのどちらかだろう!

 さて国際詩祭の初日、2300客席の会場で、世界から招待された26人の詩人の内、唯一人、マイク無しでのポエムリーディングを行った。
舞台監督をはじめとして関係者が危惧したのだが、こんな小さな場で何を危惧するのか私には全く判らなかった。

 いや、気持が良かったよ!拍手、喝采がね。

全ての朗読が終わった後、会場の外に出て、初めて日本大使館の河本秀夫氏に会った。
近く一緒に昼食にでもと、再会を約して別れた。

 翌日18日は自動車で1時間余りの Estado Miranndに。
会場は野外で、先があるので、マイクを使うことを決断する。ポルトガルのカシミーロ・ブリトー、メキシコのマリア・バランダの三人と現地のベネズエラの詩人6人。
 
 19日は飛行機で1時間余りのEstado Trujillo。プエルト・リコの詩人 デヴィット・コルテスと二人に、地元の詩人が6人余り。私の詩の朗読の最中に電気が突然消えた、いや消されたのかも知れなかった。
ベネゼエラの隠された国情が垣間見えた一瞬だった。
お土産は28冊の本。(重さが5,6Kgは在る) これが最後まで悩ませられる事に為った。

 20日は唯一の何も無い日だったから、美術館に行ったり、ドイツのトビアス・ブルッフエルトたちの朗読を聞いたりしてのんびり過した。
 21日、この日にベネズエラの国立美術館の館長に会う事に為った。
何故かと言うと、私のオリジナル版画集『Letter Scape』が美術館の公式コレクションに為るかどうかの話し合いだったが、スンナリと決まった。
 今夜は客席900人余りの小ホールでの、アジアと中東、と題された朗読会が在るからだった。
もうマイク無しで遣ると言っても、誰からもクレームはつけられなかった。
読む順番でひと波乱があったらしいが、後で知ったことだったので、不問に付す。

 「アジアと中東」と題された日本、中国、イラク、レバノンの詩人たちを中心にした今夜は、レバノンの女性詩人Joumana Haddadが空港が爆破された為、飛行機が飛ばず、参加が叶わなかった為に、朗読会の冒頭、地元の女性詩人が代読した。
三編の詩を朗読しましたが、大変な歓声で、観客はスタンデングオベーション、大使館からの花束も頂いて、日本の面目は無事に立ちました。

肉聲の力はこれから効いて来るのですよ。恐ろしい事です。

 22日は本当なら何も無いのですが、ベネゼエラ政府が高い旅費を(約50万円)払ってまで招待してくれたので、その好意に対して報いる為にも、何時でも読みますよ、と告げていたのでこの日、あさ5時に起きて、飛行機に乗ってEstado Portuguesaに行った。
 行って良かったのだ。コロンビアの詩人Nicola`s Suescu`nだけで、キューバとオーストラリアの詩人がキャンセルしたからだ。
 このポルトゲスでは、初めての国際詩祭だとか。

 こういう貧しい国でも国際詩祭が出来るのに、経済的に豊かだと標榜している日本で、何故、国際詩祭が開催出来ないのだろうか。
 不思議で為らない、事の一つだ。

 今後、このカラカス国際詩祭はコロンビアのメデジン国際詩祭を目指して頑張るとか。
これからのカラカス国際詩祭の動向が楽しみだ。

 アルゼンチンのロザリヲ国際詩祭、イタリア・ピストイア国際詩祭が中止されたとか。
 
日本にはこれらの情報は全く入ってこない。 本当に井の中の蛙、だ。

 残念ながら、未だ鎖国状態なのかも知れない。


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