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2006/09/23

アーミーテージ元国務長官がパキスタンを脅迫していた。では日本には?

 知日派?と知られたと言うがアーミテージ元国務副長官で、一国を脅かす事が出来るとすれば、今のライス国務長官の権力とは如何なるものか凡そ推測できると言ううものだ。

 今に為って、どうしてムシャラク大統領はCBSテレビに対して脅迫されていた事を話したのだろうか?

 かってアーミテージが来日した時、田中真紀子外相が面会を拒否した時から、この男には何か裏があるな、と感じていた。田中真紀子は会見を拒否した事は正解だった。

 権力を失って行った男の悪行がどんどん暴かれてくるのとても良い事だ。もっと出てくるだろう!!!
 
 何処が知日派なのか、を尋ねてみたいものだ。この男と関係が有った連中は要注意だ。
安倍晋三は大丈夫なのか?

 小泉純一郎は脅かされて居たのではないのか?

 今後の展開が楽しみだ。

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2006/09/22

総裁選の壇上、小泉前首相の服装は異常すぎる!!!

 壇上で安倍新総裁の右手を差し上げている小泉前首相の服装に唖然とした。
 紫色の背広に赤いネクタイ、T.P.Oを弁えない最後まで無知を曝け出した映像だった。

 日常生活でも滅多に紫色のスーツに赤いネクタイ。今時のヤクザ映画でしかお目にかかれない色彩感覚だ。

こんな愚鈍な男を支持してきたのは、恐らく日本から海外に出て行かなかった人々の支持だったのろう。

 いや、無知など通り越してでも着てしまった小泉前首相。

 この男の心中は穏やかでなかった事を映像は明らかにしてしまった。

 最悪のフアッションセンス! 

 まこの男では、この程度だったのだろう、全くお粗末な末路だ。


 

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2006/09/21

ローマ法王ベネディクト16世に暗殺の危険は無いのか?

 不用意なのか、本音なのか幾ら後から謝罪の言葉を述べてみても、反省は猿でも出来る、で効果が無い。
 預言者批判を、口にするとは母国に居た為、気の緩みか、本心からなのか。

こんな愚鈍な法王を選んだコンクラーべの弊害なのではないのか?

 もしかしたらこんな失言をする可能性の有る法王を失脚させる為に、ワザと選出したのか、とも疑いたくなる。
前のブログにも書いたが、イスラム教社会の伏流水に油を注いだようなものだ。
 
 現世の法王は、現実の世界の状況を知らぬわけがあるまいに。
ジハード(聖戦)を標榜するイスラム原理主義者たちの中から、法王暗殺、は現実の問題では無いのか。
ヴァチカン教皇庁の情報収集能力が著しく低下しているのか、今後の対応の仕方に注目だ!

 愚かな法王を選んだカトリック教徒の今の心情は如何に!!!

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2006/09/18

ローマ法王ベネディクト16世の「聖戦」批判発言は、キリスト教の衰退に繋がるのではないか?

 9月12日、母国ドイツを訪問中のローマ法王ベネディクト16世が発した「ジハード(聖戦)」批判は、イスラム社会に伏流水のように流れていたキリスト教に対する反発を噴出させてしまった。
 よりによって、5年前の記憶を呼び覚ました9・11の翌日に、キリスト教対イスラム教の宗教戦争の芽が吹き出した。

 神の代理人は、何もローマ法王、一人だけではない。
ローマ法王の12日の発言の要旨を読んで見ても、何故、今、1391年の対話録を引用して、イスラム教の預言者ムハマンドを引き合いに出し、わざわざ「ジハード(聖戦)」批判をされたのだろうか。

 これはベネディクト16世、個人の考えなのか、ヴァチカンの蔭の力のせいなのか。

 厄介な問題に、火を付けてしまった。

 21世紀に、キリスト教対イスラム教、天下分け目の宗教大戦争か。

 もう何でも有りだね、この水の惑星は!!!

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2006/09/17

『土橋治重を語る』が土橋治重を語る刊行委員会から送られて来た。

 詩誌「風」主宰の詩人だった土橋治重さんが亡くなってもう13年も経つのだろうか?
この記念すべき本が送られて来たのは、私がかって「風」に所属していた事が有るからだろう。
 この本を眺めながら、色々な事が想いだされて来た。

 私は詩人武田隆子さんが主宰していた詩誌「幻視者」に、美術評論家ワシオ・トシヒコの紹介で、初めての詩作品を発表したのが1977年の 「幻視者」13号(秋号)に、「道士 Ⅰ」を発表。
その後、第一詩集『玄象の世界』(永井出版企画刊)を1981年に刊行し、その中に詩作品「アッシズィ」が「風」81号(1981年10月号)に掲載された作品を収録しているから、その時にはもう「風」の同人に為っていたのだろうか。
 「幻視者」にも作品を発表しながら、「風」にも作品を出していたのだろうか。

 1995年に出版した第二詩集『エズラ・パウンドの碧い指環』(北十字舎刊)には、詩作品「ベルベル人」(風・83号 1982年)、「空間」(風・85号 1982年)、「肉聲」(風・86号 1983年)、「朗唱(Ⅰ)」(風・87号 1983年)、「朗唱(二)」(風・89号 1983年)が収録されているから、この頃、「風」の同人だったのだろう。
 鈴切幸子の「私にとっての土橋流」を読んでいて、板橋詩人会の事を思い出した。
1982年11月に発足、1983年3月に、第一回春の詩の祭典を行ったとある。この会にも住んでいた関係から、参加した事を想いだした。

 この本には懐かしい名前が並んでいる。

 私が「風」を辞めたのは、ただ単純に、掲載の二段組が、自分の呼吸のリズムに合わなく為ったからだ。
其れと同人会で話す同人たちの、病気や様々なネガティブな話に我慢が出来なかったのだが。

 ページを捲っていて懐かしい名前が並んでいる。 知って居る詩人が亡くなっている事を知った。

 新川和江さんが、犬塚尭全詩集を編集している事も知った。

 知己の詩人が元気で居る事は嬉しい事だ。

 あの頃から、はや四分の一世紀を経る。

 残る四分の一世紀をどう使い切るのかが問題であり、楽しみな事だ。

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