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2011/04/12

昨夜、古書店で、鈴木武樹著『わが夢想と戦いの日々』(風媒社刊)を見つけ、今、ウィキペディアで、鈴木武樹を調べたが、この著書は載って居ないのだ!この本が著書目録に無いのは、何故なのだろう!

 鈴木武樹 この人の名を覚えているのは、1970年、良き時代の文化学院・文科で、作家桂芳久の桂ゼミに居た娘さんが、父親である鈴木武樹さんの事を、桂氏に話していたからだ。
1970年4月から1971年1月まで、文化学院文科桂芳久ゼミの助手を、科長の戸川エマさんから依頼されて、手伝っていたからだ。

いや桂氏が彼女に父親の事を、尋ねていたからかもしれない。

清々し女子学生だったのだ鈴木さんの娘さんは、今、何処に居られるのか?

小田実のベ平連の話など、あのアーチの下で、話していた記憶が、1冊の『わが夢想と戦いの日々』を手にとって、甦ってきた。
鈴木武樹氏が1978年3月27日43歳で亡くなっていたとは。

若くして亡くなった記憶があるのだが、まさか43歳だったとは!

この『わが夢想と戦いの日々』の内容を見て、無意識に鈴木武樹は遺著を残していたのだ。

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