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2012/02/20

去る19日まで、出光美術館で、開催されていた『三代山田常山 -人間国宝、その陶芸と心』を見てきた。幼い頃から小常山、常山と彼の造った常滑焼の急須を使って来て、常山が、人間国宝と、聞いて驚いたね。そんな大げさな事でなくて良いのだよ。使われる陶器の世界では!

 人間国宝とは、その人間の持っている技術に対して与えられる称号だが、巷では、その人間本体にも与えられていると勘違いして居る者が多いようなのだ。

確かに人間に与えられているのだが、その人間の技術に対して、とは、思えない、考えないようだ。

「人間国宝」の愚かさの事を聞いたのは、38年前、丹波山中で、しころ屋根の修復に従事していた時だった。

人間国宝の称号欲しさに、蠢く輩の多いこと、このうえなし。

さて三代常山が、小常山と、銘の入った蓋の収まらない急須を私が持っていて、和光での個展の時、三代目常山に、どうしたら良いのかと訊ねたら、持って来てくれれば、直ぐに直すとの話だったが、なかなかタイミングが合わず、2005年79歳で亡くなられたので、遂に直して頂けなかった。

日常的に、常山だ、木仙だ、石仙だ、と使っている者にとって、人間国宝などの称号など、別な次元のお話だ。

出光美術館に飾られてあった急須は、精彩がなく、ただの置物でしか無かった。と言うのも、今、毎日使っている常山の急須は、艶が出ていて、使いやすく、急須は、常日頃使う雑器だからだ。

仰々しく、美術館に並ばせなくても良い物なのだ。

ガラス越しに観て、急須は、日常的に使われて精彩が放たれる陶器であることを、改めて確認させられる展覧であった。

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