« 1年に1度、5月か6月の新月の日の干潮時に、対馬・和多都美神社、海中の一の鳥居に立ち、230メートル先に在る本宮目がけ、聲を撃ち始め、続けて行くのは、1990年からのことである。 | トップページ | 今朝の東京新聞に、「自自芸人」のプチ鹿島さんが、「小さなうそを隠し、どんどん大きなうそになるという喜劇の基本を安倍一座がやってしまっている。」と的を射ている。 »

2018/05/06

対馬・和多都美神社 古代の「聲の道」発見への道

1990年6月23日、第1回、天童大人 即興朗唱 in 対馬・和多都美神社は、ニッカ・ウイスキー広報部長蕪木寿氏の企画協力を得て、当時、参加していた同人誌「ハリー」の詩人田中佐知その他1名と共に、行われた。この旅に、画家村井正誠さんに言われた通り、新しく買ったカメラを持参して、いろいろと試してみた。
この時のことを、田中佐知は、月刊「中洲通信」に書き、のちに『詩人の言魂』(思潮社)刊の中に、「福岡・対馬の旅Ⅰ・Ⅱ」として収録している。
この中に、「鳥居の近くで朗唱を聴いていた私は、蕪木さんのすすめで、鳥居から約二百メートル離れた神社の前で再びTさんの朗唱を聴いてみた。彼の声はそばで聴くよりはるかに柔らかく届く。それは彼の声が彼自身のだけの声でなく、まわりの山々の木々の精霊、海のいのち、地のみたま、風と光の精をたっぷり吸いこみ、やわらかな宇宙の球体となってやさしく耳に届くからであろう。万物のひとつに溶け合った声は、私に幻想的な声の記憶として残るだろう。和多都美神社には、海の鳥居から発せられる声を、しっかりとやわらかく聴き入れる、「声の道」があることを知ったのである。」と田中佐知が書き残しているように、この和多都美神社の海中の一の鳥居から、本宮までの約230メートルの間には、確かに「聲ノ道」があることを、聲を撃ち込んで発見したのだ。
この見えない「聲の道」の扉を開かなくては、聲は本宮まで、いや、本宮の裏に在る豊玉姫の墳墓、その奥に在る丘陵に撃ち込んで、木霊させ、浅茅湾一帯に響かせなくてはならない。
これは、ピーター・ブルック監督の映画「注目すべき人々との出会い」の冒頭シーンを想いださせた。(続)

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